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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)1223号 判決 1989年7月10日

主文

一  被告は、原告に対し、金三五八四万六四六〇円及びこれに対する昭和六二年二月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告において金一〇〇〇万円の担保を供したときは、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四四〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は昭和一三年三月二八日生まれで、大阪府豊中市千成町二丁目二番四六号で各種焼却炉を製造販売する有限会社イワオ産業を経営する者である。被告は同市庄内東町四丁目四番一五号で庄内治療院の名称で鍼、灸及びカイロプラクティックの療法を行うことを業とする者である。

2  被告の施術経過と原告の障害の発生

(一) 原告は昭和六一年一月一七日背筋の痛みを覚え、同日午後四時ころ右庄内治療院を訪れ被告の診療を受けた。その際、原告と被告間には、被告は最善の注意義務を尽くして原告の症状の原因を解明して適切な治療処置をとる旨の診療契約が締結された。

(二) 被告は施術に先立ち、原告に対し、「背骨がずれている。背骨と首の骨が曲がっているから痛みが出る。骨の曲がりを直さないかん。」などと説明したうえ、「私は病院の検査で数か月かかっても原因が判らない病人をその場で骨のずれからの病状と診断したが、その後病院でも骨の異常と判ったので病院の医者がびっくりしていた。」、「何軒もの病院を廻っても治らなかった人を当院で治した。」、「リウマチで歩行困難だった大病院の外科部長も治した。」等としきりにカイロプラクティック療法の効果効能を強調した。

そして、被告は、原告に対して、カイロプラクティック療法により次のような施術をした。まず、被告は、原告にベッドにうつ伏せになるように命じ、背中に電気治療を約一〇分間加え、次に、うつ伏せのまま上から背骨及び頸骨に対し指圧をしてボキボキ音を鳴らせ、更に、ベッドの端に座らせ頭を前後左右に曲げたり回したりして頸骨をボキボキ鳴らせる等の施術を施した。なお、被告は右のように原告の背骨をボキボキ鳴らせたときに、「骨のずれが治った音だ。」などと説明した。

(三) 原告は、右のようにうつ伏せのまま背骨及び頸骨を指圧されたときに肩から足先にかけて電気が走ったような感覚を受け、また、右施術が終了した後ベッドから降りたところ、両足とも痺れて一人で着地もできず、歩行困難となった。その後原告は、待合室で約二時間安静にしていたが物につかまらなければ歩行できなかったので、自宅に電話をして妻と長男に車で迎えに来てもらった。なお、被告は、原告の右状態を見て不安を覚え、原告に対して病院で診察を受けるよう指示した。

(四) 原告は、右施術の翌一八日から豊中市民病院で精密検査を受けたところ、頸椎症性頸髄症であり被告の右施術が症状の急性増悪を招いたものと診断された。その後原告は、同病院で入院及び通院による治療並びに手術を受け、同年七月、症状固定の診断を受けたが、両下肢の痙性麻痺による歩行障害及びTH六以下の知覚障害等を招来し、身体障害者福祉法施行規則別表第五号の三級所定の後遺症を残した。

3  因果関係

原告は、被告による右施術前から頸椎症性頸髄症に罹患しており、これを原因とした背部痛や下肢の温度感覚低下等の症状を有していたが、被告のカイロプラクティック療法による右施術によって、右症状の急性増悪を招き、両下肢の不可逆的不全麻痺を来した。この因果関係については次のとおり明らかである。

即ち、原告は被告の前記施術前から頸椎症性頸髄症に罹患していたが、その症状は単に下肢の感覚低下又は背部痛に過ぎなかった。原告の症状として仮にヘルニアが発現していたとしても、本来自然的経過では当初の下肢の感覚低下又は背部痛程度のまま推移した可能性が強く、更に専門整形外科医によるいわゆる間欠的牽引や投薬、生活指導により八割近い回復が期待し得たと考えられるものであり、仮に外科的手術が必要という事態に陥ったとしても、本件における原告のように不可逆的不全麻痺という後遺症を遺すことはなかったといわなければならない。

なお、因果関係の判断にあたり、原告のように元々ヘルニアの素因を有していたことをもって、程度ないし寄与度という面で一定の減殺をする考え方もあるが、右のように、本来自然的経過であっても当初の軽微な症状のままで推移するという可能性も否定できず、かつ、仮に若干増悪する可能性があったとしても、保存的療法により八割近く回復すること、また、外科的手術による治癒の可能性ということも併せ考えると、かような素因は因果関係の判断にあたり無視すべきものといわなければならない。

4  被告の責任原因

原告の右障害は次のような被告の義務違反によるものである。

原告は、被告の右カイロプラクティックによる施術を受ける前に頸椎症性頸髄症を有していて、これを原因として下肢の温度感覚低下、背中の痛み等の病状を訴えていた。椎間板の退行性変性は二〇歳を超えれば出てくるもので、四〇歳位になれば個人差は非常に大きく、椎間板が完全脱出して後縦靱帯を突き破る程度の症例もある。なお、原告の後縦靱帯の石灰化は軽度であった。原告のような頸椎症性頸髄症を有する者に対しては、まず頸椎のエックス線写真を撮って変化の程度を確認し、間欠的な牽引と投薬、生活指導等の保存的療法をし、これで改善がない場合には持続牽引、更に外科的手術をするという治療をしなければならない。ところが、被告は、原告に対して有資格者によるエックス線検査等による症状の検査確認もないまま前記2(二)のように頸椎等に強い力を加え続けたため、原告に前記2(四)の重大な障害を与えてしまった。

被告の義務違反の具体的内容は、まず、被告は医師免許を有していないのであるから、原告のように背部の痛みという症状を訴える者に対しては、エックス線検査、CT検査、ミエログラフィー検査等のできる医療機関にその診療を委ねるべきであるのにもかかわらずこれを怠った。また、被告は原告に対して、右カイロプラクティック療法によりかえって背部痛や脚の感覚異常を増悪させたり、場合によっては不可逆的不全麻痺等の事態が生じる可能性があることを説明し、右危険性を認識したうえで尚カイロプラクティックによる施術を希望するか否かの判断をする機会を与えるべきところこれをせず、かえって病院等よりも被告の手法がすぐれていると宣伝し、原告の症状は背骨の曲がりが原因であるという誤った判断結果を告げて、原告をして正確な判断を不可能とさせた。更に、原告のような症状の患者については頸椎部等に強力な力を加えるカイロプラクティック療法は絶対に避けるべきところ、これを敢えて行ったため原告に対して前記障害を負わせた。

なお、カイロプラクティック療法は、その施術の結果、かえって頸部痛や腰痛が生じたり、それらが増悪するといった症例が多数あり、危険な療法である。かかる危険性を有する行為が、民間ではあたかも確立した医療行為であるかのような体で、無資格、無免許のままで行われているのが実情のようであり、医学上公認されていないことから、過度の効能効果の宣伝により患者の右療法の危険性に対する認識を誤らせたり、患者が病院等の医療機関で適切な時期に必要な医学的諸検査を受ける機会を奪ったりして、重大な後遺症を発生させることがあり得るところであり、本件もこのような場合に該当する。

したがって、被告は、原告との間の前記診療契約における義務に違反して原告に前記障害を与えたので、原告に対して、債務不履行に基づき右障害による損害を賠償する責任を負う。また、被告は、右のような過失により原告に右障害を与えたのであるから原告に対する不法行為を構成するものであり、原告に対して、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

5  損害

原告は、右障害により次の損害(合計金九一一九万一三五八円)を被った。

(一) 入院通院関係費用

原告は、右障害の治療のため、豊中市民病院に昭和六一年一月二七日から同月三〇日まで及び同年三月三日から同年四月二六日まで合計五九日間入院し、また、同病院に同年一月及び同年三月から昭和六二年一一月まで通院し、更に、昭和六一年七月一日から同年九月三〇日まで重成鍼灸療院に通院した。

(1) 治療費(自己負担分) 金二八万五三〇〇円

(内訳)

原告が豊中市民病院に支払った治療費 金一六万七三〇〇円

(なお、内金四〇〇〇円は文書料である。)

原告が重成鍼灸療院に支払った治療費 金一一万八〇〇〇円

(2) 装具代 金四五九〇円

(内訳)

杖 金三〇〇〇円

コルセット 金一五九〇円

(3) 入院雑費(五九日入院、一日一〇〇〇円宛) 金五万九〇〇〇円

(4) 文書料 金七〇〇〇円

(二) 逸失利益

原告は、前記施術当時、前記1の有限会社イワオ産業から給与として月七〇万円の収入を得ていた。

(1) 休業損害 金一七六万八六二〇円

即ち、原告は、前記施術の日である昭和六一年一月一七日から症状固定日と解される同年七月一六日まで、右会社における就業ができなかったので、その間の給与を得ることができなかった。この間得べかりし給与は六か月分の金四二〇万円であるところ、原告は社会保険から右期間の休業損害填補分として金二四三万一三八〇円の支給を受けたので、これを控除した金一七六万八六二〇円が右期間の休業損害である。

(2) 将来の逸失利益 金七三八一万六八四八円

即ち、原告は前記後遺症によって労働能力を六七パーセント喪失した。原告は右症状固定日において満四八歳であったが、以後就労可能な満六七歳までの一九年間の逸失利益は、年収八四〇万円に六七パーセントと期間一九年間の新ホフマン係数一三・一一六をそれぞれ乗じた金七三八一万六八四八円である。

(三) 慰藉料

(1) 入院通院についての慰藉料 金一二五万円

原告は、前記のように、豊中市民病院に五九日間入院し、また、症状固定までに同病院及び重成鍼灸療院に右入院期間を含めて約五か月間通院したので、症状固定までの原告の障害についての慰藉料は金一二五万円が相当である。

(2) 後遺症についての慰藉料 金一〇〇〇万円

原告の前記後遺症についての慰藉料は金一〇〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用 金四〇〇万円

原告は、弁護士である訴訟代理人に本件訴訟追行を委任し、報酬として請求金額の一割の金額を支払う旨約した。

6  よって、原告は、被告に対し、主位的に債務不履行による損害賠償請求権に基づき、予備的に不法行為による損害賠償請求権に基づき、右損害のうち弁護士費用を除く金八七一九万一三五八円の内金四〇〇〇万円及び弁護士費用金四〇〇万円の合計金四四〇〇万円並びにこれに対する前記施術日の翌日である昭和六一年一月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の事実のうち、原告が昭和一三年三月二八日生まれである事実及び被告が大阪府豊中市庄内東町四丁目四番一五号で庄内治療院の名称で鍼、灸及びカイロプラクティックの療法を行うことを業とする者である事実については認めるが、その余の事実は不知。

2  請求原因2(被告の施術経過及び原告の障害の発生)について

(一) 請求原因2(一)、(二)の事実のうち、原告が昭和六一年一月一七日午後四時ころ被告の庄内治療院を訪れ、被告が原告に対して施術をしたことは認めるが、その詳細は次のとおりである。即ち、

原告が同日被告の庄内治療院を訪れた際の主訴は、腰部、両大腿部及び右腕のしびれ、頸部、背筋部の痛みであった。被告は原告に問診したところ、右腰部、両大腿部及び右腕のしびれは、半年前に転倒して以来の症状であるとのことが判明したので、医療機関における検査又は診断結果を問うたところ、原告は一切医療機関の診察を受けたことがないとの返事であった。そこで、被告が原告にその理由を問いただしたところ、原告は病院が嫌いであるとか多忙につき行けない、或いは、原告の母親が同じような症状で病院の手術を受けたが完治していないので信頼できないなどの理由であったので、被告は原告に対し、必ず病院で検査及び治療を受けるように勧めたものである。

ただ、原告の頸部及び背筋部の痛みについては、一週間位前から症状が出てきたとのことであり、原告が被告にカイロプラクティックの施術を求めたので、被告は原告に対して電気治療及びカイロプラクティックの施術を行った。この施術は、原告の背筋部の痛みの程度がかなり大きかったため、強く力を加えずに、実際は軽いマッサージ程度の施術をしたに過ぎない。したがって、原告主張のようにボキボキ音を鳴らせるようなことはしなかった。これは、原告が被告の施術中痛みに辛抱できたことからも明らかである。また、被告のカイロプラクティック療法として、患者をうつ伏せの状態にして頸部を指圧することはない。つまり、被告はカイロプラクティック用のいわゆるカイロベッドを使用しており、その構造上、頸椎部分はベッドが空間になっているので、そこにうつ伏せにして頸部を指圧することはあり得ないのである。したがって、頸骨の指圧によりボキッと音がしたことはあり得ず、また首の付け根の指圧により肩から足先にかけて電気が走るような感覚を生じることもない。

(二) 請求原因2(三)の事実について、被告の右施術が終了した後、原告が多少ふらつき、少々歩行が困難であったことは認める。なお、被告が原告に過去にふらついたことがなかったかどうかを問うたところ、原告は踏台に昇ったときなどにふらつくとの返事であった。原告は一旦自力で帰宅しようとしたが、ふらつきがあるため自宅に電話し、約三〇分後に原告の妻が迎えに来たので共に帰宅した。

(三) 請求原因2(四)の事実のうち、原告が同月一八日から豊中市民病院で精密検査を受けて頸椎症性頸髄症と診断された事実は認めるが、被告の施術により原告の右症状の急性増悪を招いた事実については否認する。後記3のとおり被告の施術と原告の障害との間に因果関係はない。また、原告の入院、通院、手術及び症状固定については不知。原告の後遺症の有無及び程度についても不知。

3  請求原因3(因果関係)について

請求原因3のうち、原告が被告による施術前から頸椎症性頸髄症に罹患していた事実は認めるが、その余は否認する。仮に原告に何らかの障害が存したとしても、それは原告が従前より罹患していた右頸椎症性頸髄症によるものであり、被告のカイロプラクティック療法による施術との間に因果関係は存しない。以下、この点について詳述する。

原告は被告の施術を受ける以前から頸椎症性頸髄症に罹患していたものである。頸椎症性頸髄症は、頸部椎間板ヘルニアとともに頸部椎間板障害として扱われる重要な疾患である。加齢的要因が関与し、椎間板の退行変性及びそれにより隣接椎体後縁にも変性が起こり、骨棘が形成され、これらが脊髄又は神経根を圧迫して症状を発するのである。つまり、変形し後方に突出した椎間板と骨棘の両者がともに脊髄又は神経根に対する前方からの圧迫要因となるのである。この頸椎症の症状としては、筋力低下、筋萎縮、放散痛及び知覚低下等の上肢症状並びに下肢及び躯幹筋の筋力低下、下肢から始まって次第に上行する知覚障害、痙性麻痺としての運動障害、膀胱直腸障害等の脊髄症状がある。頸椎症の典型的な症状としては、通常、一側又は両側の上肢(特に手指)のしびれ感や筋力低下等で発症し、やがて一側又は両側の下肢の運動、知覚障害が発現してくる。

後縦靱帯(脊柱の椎体後縁にそって頭頸移行部から尾椎まで縦走する靱帯で、脊柱管の前壁を形成する。)が肥厚し、骨化する病態が後縦靱帯骨化症であるが、同症は脊柱管の狭小化により脊髄の圧迫症状を発生する。この初発症状としては、上肢のしびれや痛み、項頸部のこりや痛み、下肢のしびれや痛み、下肢の運動障害などがみられ、下肢の症状は運動障害が進行し、起座、起立及び歩行が全く不能となる場合もある。脊髄圧迫の進行に伴い、感覚障害も足先から上行性に進行するものが多く、ごく初めは足先のしびれを訴え、次いで膝以下のしびれを訴えるものが多い。

原告は、被告の前記施術前から極めて重篤な頸椎症性頸髄症に罹患していた。即ち、椎間板が後方に(突出の域を超えて)脱出して一部後縦靱帯を破っているという状態で、頸椎の変形の程度は中等度以上のものであった。また、後縦靱帯の石灰化及び重度の肥厚がみられ、神経自体が慢性的に圧迫された状態にあった。このような状態のもとでは、自然経過又はかなり軽度の外力によっても循環障害等が起きて症状が進行する可能性がある。原告には被告の右施術の六か月以上前から頸椎症性頸髄症に基づく下肢のしびれ及び温度感覚異常の症状が発現しており、更に、昭和六一年一月一五日ころに至って突如肩ないし背筋の痛みという新たな症状を呈するに至った。これが何らかの外力によるのか、或いは自然経過によるかは不明であるが、原告主張(請求原因2(三)、(四)、3)の障害の発生がその二日後という近接した時期であることに鑑みると、右障害の発現は、その際の循環障害に基づく症状の自然経過による変化・進行の一環としてとらえることも可能である。仮にこれが外的因子によるものとしても、それは原告の日常的な行動の何かが因子となったと考えるべきである。また、頸髄及びその神経根に障害がある者、とりわけ、原告のように頸椎に著しい変化のある者は、頭を他動的に前屈させると電撃痛が背部、更に下肢まで放散することがあり、また、頸椎の後屈によっても四肢に放電する電撃的ショックが自覚されることがある。したがって、被告の施術の前後に原告が何らかの拍子で首をひねったり、或いはベッドから下りたときに何らかの力が加わったことによって、原告の障害が発生したことも考えられる。

いずれにせよ、原告の重篤な頸椎症性頸髄症の程度に鑑みると、原告の障害と被告のカイロプラクティックの施術との間には相当因果関係は存しないといわなければならず、仮に何らかの関係が認められるとしても、被告のカイロプラクティックの施術が原告の症状に寄与した程度は微々たるものである。

4  請求原因4(被告の責任原因)について

請求原因4については争う。被告には義務違反は存せず、原告に対して損害賠償責任を負うことはない。

被告は、はり師免許、きゅう師免許を受けて、鍼、灸及びカイロプラクティックの施術所を開設する者である。カイロプラクティック療法は、医業類似行為には該当しないので法的規制はなく、広く施術所が開設されてその療法が認知されているが、被告は鍼灸の学校及び日本カイロプラクティック協会主催の講習会でその技術を習得し、昭和四九年の施術所開設以来延べ七〇〇〇ないし一万人に対し施術を行ってきたものであり、その間一度の事故もなかった。被告は医師免許を有するものではなく、法律上、エックス線検査、CT検査、ミエログラフィー検査等の検査をすることは許されていない。したがって、施術を求める患者の身体状況を知る方法としては患者に対する問診における患者の回答内容、患者の顔色など外観の観察及び施術の過程における患者の反応等からこれを推測するしかなく、また、それ以上の検査をする義務はないといわなければならない。

原告の主張ないし供述によると、原告は被告の質問に対して「肩こりがきつく、背筋が痛いがほかには痛いところはない。」などと説明し、また施術中にも被告に対して特に異常な痛みを訴えることもなかったというのであるから、被告は原告が前記3のような重篤な頸椎症性頸髄症に罹患しているということは知り得べくもなく、このような場合にまで、被告がエックス線検査等の検査のできる医療機関にその診察を委ねる義務はなく、被告が原告に対してカイロプラクティックの施術を行ったことに過失は存しない。これは、原告が強い背筋の痛みの他に軽い腰痛その他軽いしびれ程度の説明をなした場合も同様である。カイロプラクティックの施術を求めてその施術所を訪れる者は、総て、大なり小なり何らかの身体の変調を訴えるものであるから、本件のような場合にまでカイロプラクティックの施術を認めないとすることは、カイロプラクティック施術そのものを全く否定し禁止することと同一である。

また、被告は、前記2(一)のように、原告に対するカイロプラクティックの施術において、原告の背筋の痛み等に応じて適正な力加減で施術を行ったのであるから、被告の施術方法自体にも過失はない。

なお、原告は、被告がカイロプラクティックの施術をすることを知らなかったかのような主張をするが、原告はカイロプラクティック療法による施術を受けるために被告の施術所を訪れたものである。これは、原告の娘である岩藤尚美が昭和六〇年九月八日から被告の施術所に通っており、昭和六一年一月当時もカイロプラクティックの施術を受けていたことや、被告の施術所内にカイロプラクティック療法の施術を行う旨の表示が存することからも明らかである。

5  請求原因5(損害)の事実は不知。

なお、原告の労働能力喪失率については六七パーセントよりはるかに小さいものである。即ち、原告は現在身体障害者用に改造されていないマニュアルミッションの普通乗用自動車を運転することができ、短距離であれば杖をつくことなく独歩を行うことが可能である。そして、原告は昭和一三年生れであり、有限会社イワオ産業の代表取締役で主として営業に携わっているというのであるから、右立場の原告につき、右の程度の障害が残存するとしても、原告主張の程度の後遺症による労働能力喪失率は六七パーセントをはるかに下回るものである。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1(当事者)について

請求原因1の事実のうち、原告が昭和一三年三月二八日生まれである事実、及び被告が大阪府豊中市庄内東町四丁目四番一五号で庄内治療院の名称で鍼、灸及びカイロプラクティックの療法を行うことを業とする者である事実については当事者間に争いがない。<証拠>を総合すると、原告が同市千成町二丁目二番四六号で各種焼却炉を製造販売する有限会社イワオ産業を経営する者である事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

二  請求原因2(被告の施術経過と原告の障害の発生)について

1  請求原因2の事実のうち、原告が昭和六一年一月一七日午後四時ころ被告の庄内治療院を訪れ、被告が原告に対してカイロプラクティック療法による施術をした事実については当事者間に争いがない。なお、<証拠>を総合すると、カイロプラクティック療法は、掌ないし手指による押圧、回旋、牽引等により脊椎の異常を矯正する治療法であり、法的規則を受けていないいわゆる民間療法であることが認められる。

2  右施術前の原告の自覚症状並びに被告の原告に対する問診及び説明の内容について判断する。

前記認定事実に加えて、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、被告の施術を受ける約半年前から両下肢に時々温度感覚の違いを感じていたところ、昭和六一年一月一五日ころから肩こりを覚え、更に同月一六日の夜からは肩の痛みと背筋の痛みを覚えたので、治療を受けるため、翌一七日被告の治療院を訪れた。原告は、それまでカイロプラクティック療法による施術を受けたことはなく、被告の治療院を訪れる際にも、被告の治療内容についてはあんまの少し上手な程度のものという認識しかなく、その具体的施術内容は知らなかった。原告は、被告の施術を受ける前に、被告の問診に対して、前日から肩こりがきつく背筋が痛むが他に痛いところはない旨述べたが、原告の痛みの部位、内容等に関する被告の問診は約二、三分間で終わった。被告は、原告に対して、原告の背筋の痛みについて背骨と首の骨が曲がっているから痛みが出ると説明したが、カイロプラクティック療法による施術の内容についての説明はせず、原告も右施術を求めたり、或いはその承諾をすることはなかった。

しかし、被告は原告に対してカイロプラクティック療法による施術を含む治療をすることを決め、他方、原告も被告が行う治療を受けることを承諾し、遅くともこの時点で、原告と被告間に、被告は原告の症状の原因を解明して適切な治療処置を行う旨の診療契約が締結された。被告は原告に対し、後記施術前ないし施術中に、「病院での検査で数か月かけても原因が判らず、当院に来た病人をその場で骨のずれからの病状と診断し、その後病院でも骨の異常が判り、病院の医者がびっくりしていた。」、「何軒もの病院を廻っても治らなかった人を当院で治した。」、「リウマチで歩行困難だった大病院の外科部長も治した。」等と被告の実績を話したが、病院で検査を受けたか否かを尋ねたり、必ず病院で検査を受けるように勧めたことはなかった。

右認定に対して、被告本人尋問の結果並びにこれによって真正に成立したと認められる乙第二号証の一(被告作成のカルテ)、及び住所、氏名、生年月日部分の成立は当事者間に争いがなく、その余の部分は被告本人尋問の結果によって真正に成立したと認められる乙第二号証の二(被告の問診メモ)中には、原告が被告に対して、被告の右施術の半年程前に転倒して、腰、両大腿部及び右腕がしびれており、一週間前から頸部と背筋部に激痛がある旨述べ、また、施術中に、原告が四年前にトラックに右膝関節部を轢かれた旨述べたという供述ないし記載部分が見られるが、これらの供述ないし記載部分は、前掲各証拠に照らしてにわかに措信できない。また、被告本人尋問の結果中には、被告は原告に対し、被告の実績等を前記認定のように話したことはなく、却って、病院の検査を勧めたという供述部分も見られるが、これも原告本人尋問(第一回)の結果に照らしにわかに措信できない。

3  被告の原告に対する施術の態様について判断する。

前記認定事実に加えて、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

被告は、右2認定の問診をした後、原告をベッドにうつ伏せに寝かせて、原告の背部及び腰部に約一〇分間電気により低周波振動を加え、その後、原告をカイロベッドにうつ伏せに寝かせた。右カイロベッドは、頭部、胸部及び下肢部がそれぞれ分離して別個に可動する構造のカイロプラクティック施術用特殊ベッドであり、頸部の付近は空間となっている。そして、被告は、カイロプラクティック療法による施術として、うつ伏せの原告の胸椎(頸椎に隣接する第一胸椎を含む)に対して背部から両手指で指圧を加えた。そして、指圧を加えられている部分が時々ボキボキというような音をたて、また、原告は、第一胸椎の辺りを指圧されたときに肩から足先にかけて電気が走ったような衝撃的な感覚を覚えた。更に、被告は、原告をベッドの端に座らせて、原告の頸椎を矯正するため、頭部を前後左右に曲げたり回旋させたりした。このときも頸椎がボキボキというような音をたてた。右胸椎及び頸椎に対するカイロプラクティック療法による施術は約二〇分間なされた。被告が原告に加えた右力の程度は、軽いマッサージないし牽引の程度ではなく、胸椎ないし頸椎がボキボキというような音をたてる程度の相当大きいものであった。原告は右施術中、被告からボキボキというような音は骨のずれが治っている音であると説明を受け、更に被告の施術はこのような音が出るまで指圧をかける必要があるものと思っていたので、痛みに耐え特に被告に痛みを訴えることもなく、また、被告も原告が痛みを感じるか否かを尋ねることはなかった。

右認定に対して、<証拠>中には、被告がカイロベッドにうつ伏せの原告の頸椎に指圧を加えた旨の供述ないし記載部分がみられるが、右供述ないし記載部分は、カイロベッドの構造についての前記認定事実(弁論の全趣旨によると、これについて原告は争っていない。)及び被告本人尋問の結果(後記措信できない部分を除く。)に照らし、必ずしも正確なものとはいえず、右認定のように被告が原告の第一胸椎を指圧した趣旨の供述ないし記載と解される。

また、右認定に対して、被告本人尋問の結果中には、原告の背筋部の痛みの程度が大きかったため、被告は原告の胸椎や頸椎に対して軽いマッサージ程度の力しか加えておらず、ボキボキというような音を鳴らすこともなければ、この音を骨のずれが治った音である旨説明したこともない旨の供述部分がみられる。しかし、右供述部分は、原告がカイロプラクティック療法による施術を受けたのは被告の右施術が初めて(前記2認定事実)であり、原告が本人尋問(第一回)において被告の施術内容について現実の衝撃的かつ印象的な体験を自然に供述したものと認められること、他方<証拠>により前記認定の被告の施術内容はカイロプラクティック療法による一般的な施術内容をなすものであると認められることなどに照らしにわかに措信できない。

4  被告の原告に対する右3認定の施術の後の原告の症状について判断する。

前記認定事実に加えて、<証拠>を総合すると次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

原告は、右施術が終了した後ベッドから降りたところ、両下肢とも麻痺状態で歩行困難となった。原告は、その後、被告のバイブレーターによる下肢のマッサージを受けたが容易に回復せず、被告の治療院の待合室で約二時間安静をとったが一人では帰宅できないので、原告の家族に迎えに来てもらって帰宅した。原告は、その翌日である同月一八日から豊中市民病院に通院して治療を受けたが、初診時に両下肢不全麻痺による歩行困難と診断され、更にエックス線、ミエログラフィー等の検査により、これらの症状は頸椎症性頸髄症によるものと診断された(なお、原告が頸椎症性頸髄症と診断された事実は当事者間に争いがない。)。また、原告は、同月二七日から三〇日までの間及び同年三月三日から四月二六日までの間、同病院で入院して治療を受けたが、この間三月五日に第六頸椎の亜全摘とその上下の椎間板の切除、第五、第七頸椎の一部切除、第五、第六頸椎間の椎間板の膨隆切除、第六、第七頸椎間の椎間板のヘルニア全切除、及び右両椎間前方固定の手術を受けた。これらの治療及び手術の結果、原告は両下肢の麻痺がやや改善しある程度の歩行は可能となったが、同年七月症状固定の診断を受け、両下肢の痙性麻痺による歩行障害及びTH六以下の知覚障害等により、身体障害者福祉法施行規則別表第五号の三級所定の後遺症を残した。

三  因果関係について

1  被告のカイロプラクティック療法による前記二3認定の施術(以下「本件施術」という。)と原告の前記二4認定の症状及び後遺症との間の因果関係の有無について判断する。

(一)  原告の本件施術前の頸椎症性頸髄症について

原告が本件施術前から頸椎症性頸髄症に罹患していた事実については当事者間に争いがない。<証拠>を総合すると、頸椎症性頸髄症は、加齢的要因が影響し、頸椎の退行性変性によって、頸椎に骨棘が形成され又は頸椎間の椎間板が後方に突出して頸髄或いは神経根を圧迫して、上肢又は下肢のしびれ、知覚障害又は筋萎縮等の神経症状を発生させるというものである。そこで、原告の右頸椎症性頸髄症の内容・程度及び原告の自覚症状について判断する。

<証拠>を総合すると次の事実を認めることができ、被告本人尋問の結果中この認定に反する部分は前記二2のとおり措信できない。

原告は、昭和六〇年七月ころから両下肢に時々温度感覚の違いを覚えていたが、昭和六一年一月一五日ころから肩及び背筋に痛みを感じ、更に、本件施術の前日である同月一六日の夜からその痛みは激しくなった。しかし、原告は、本件施術日である同月一七日には通常どおり朝から自動車を運転して前記会社に出勤して就業することもでき、また、歩行に特に支障困難を感じることもなかった。

ところで、原告は、本件施術前から、次のような内容・程度の頸椎症性頸髄症に罹患していた。即ち、第五、第六頸椎間の椎間板は後方に突出し、第六、第七頸椎間の椎間板は後方に脱出して一部後縦靱帯を破っていた。この後縦靱帯は軽度の石灰化をきたしており、右椎間板の突出ないし脱出は本件施術のかなり前から発症していた。右変形の程度は中等度以上であり、四七歳の原告としては強度のものである。そして、このような椎間板の変形により頸髄の神経が慢性的に圧迫されていた。したがって、原告の前記自覚症状は、このような頸椎症性頸髄症によるものである。

(二)  被告の本件施術と原告の本件施術後の症状及び後遺症との因果関係について

<証拠>によると、一般的に、元来頸椎椎間板の変形ないし椎間後縦靱帯の石灰化部分に急激な外力が加わったときに、急激に頸髄の循環障害が進行して上肢又は下肢の痙性麻痺等の神経症状を発生させることがあり得ることが認められる。

そして、以上の認定事実によれば、原告は、被告の本件施術を受ける前から右(一)のような頸椎症性頸髄症による自覚症状を覚えており、特に本件施術の前日から肩及び背部の痛みを感じるようになったものの、特に日常の仕事や自動車の運転は通常通りに行うことができ、歩行困難等の状態にもなかったところ、被告の本件施術の直後に前記二4認定のように両下肢不全麻痺をきたして歩行困難となったものであり、被告の本件施術は前記二3認定のように胸椎ないし頸椎がボキボキというような音をたてる程度の相当大きな力を加えてなされ、原告は第一胸椎の辺りを指圧されたときに肩から足先にかけて電撃的なショックを受けたのであるから、原告の頸椎症性頸髄症が単なる自然経過又は原告の動作ではなく、被告の本件施術によって以後急性増悪をきたしたものと認めることができ、前記因果関係を肯定することができる。証人前田の証言によっても、原告の前記二4認定の障害及び後遺症は、原告が本件施術前から有していた右(一)の頸椎の椎間板の変形の上に外力が加わったことにより頸髄の循環障害が生じ、原告の前記二4認定の障害及び後遺症が発生したという機序が十分肯定できる。

してみると、前記認定事実のもとでは、他に特段の事情が認められない本件においては、原告の右障害の原因は被告の本件施術であることを認めざるをえず、しかも、被告の本件施術と原告の右障害及び後遺症との間には経験則上高度の蓋然性が肯認できるのでその間には相当因果関係が十分肯定できるものといわなければならない。

なお、被告は、本件施術前から原告には重篤な頸椎症性頸髄症がみられ、その自然経過又は通常起こり得ないような軽度の外力によっても循環障害等が発生し症状が進行する可能性があったのであるから、本件施術と原告の右障害及び後遺症との間には相当因果関係は存しないと主張するが、仮に右可能性が存したとしても、本件における右認定事実のもとでは、因果関係についての右認定判断を左右するものではなく、右主張は採用の限りでない。

2  原告の障害及び後遺症に対する被告の本件施術の寄与度について判断する。

ところで、前記認定説示のとおり、原告が本件施術前から罹患していた頸椎症性頸髄症という基礎疾病に本件施術が加わって原告の右障害及び後遺症が発生したのであるから、原告の右身体的素因が右障害及び後遺症発生に寄与していることは明らかであり、かつ後記のとおり、このような身体的素因を有する者は日常生活上受ける外力でも循環障害の発症増悪の可能性が相当程度存することに鑑みると、原告の右障害及び後遺症の原因を総て被告の本件施術によるものとして、ここから生じた損害の全額を被告に負担させることは公平の見地からも相当でない。このような場合は、原告の右障害及び後遺症に対して被告の本件施術が寄与した割合を認定して、その寄与度に応じて被告が損害賠償義務を負うものと解することが相当である。

そこで、本件における右寄与度について判断するに、前記認定事実に加えて、証人前田の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告の本件施術前の頸椎症性頸髄症は、前記1(一)認定のように頸椎の変形の程度は中等度以上(四七歳の原告としては強度のもの)で、特に第六、第七頸椎間の椎間板は後方に脱出して一部後縦靱帯を破っているという状態であったこと、このような症状を有する者は加齢的要因に加えて日常生活上のさほど大きくない外力でも頸髄の循環障害が発症進行する可能性が相当程度あること、原告は昭和六〇年七月ころから両下肢に時々温度感覚差を自覚していたものの他に見るべき自覚症状はなかったが、本件施術の前日から肩及び背筋の痛みを特に自覚したこと、他方、原告の自覚症状によっても本件施術前は日常生活の全般にわたって、とりわけ仕事、歩行に特に支障をきたすことはなかったこと、原告罹患程度の頸椎症性頸髄症でも自然的経過によっては当初の症状のまま推移固定する可能性もあることがそれぞれ認められ、これらの事実その他本件に現われた一切の事情を総合すると、被告の本件施術が原告の障害及び後遺症の発症に寄与した割合は五〇パーセントと解するのが相当である。

四  請求原因4(被告の責任原因)について

1  前記二2認定のとおり、本件施術に先立ち、原告と被告間には、被告は最善の注意義務を尽くして原告の症状の原因を解明して適切な治療処置をとる旨の診療契約が締結された。

2  被告の義務違反の有無及び内容について判断する。

ところで、<証拠>によると次の事実が認められる。即ち、カイロプラクティック療法がわが国において普及して来たのは比較的最近のことであり、近年、カイロプラクティック学会が結成され、その学術的研究がなされつつあるところである。

しかし、カイロプラクティック療法の結果、かえって頸部痛や腰痛を生じたり、それが増悪した症例もしばしばみられ、そのために、右療法は鍼・灸師の資格を持つ者によってなされることが多いが、未だ医学上公認されるまでに至っていないというのが現状である。

右状況下で、カイロプラクティック療法を行う場合には、これが、かえって頸部痛、腰痛等を生ぜしめる危険性が大きく、相当に熟練を要する施術であることに鑑みて、診療契約上も最善の注意義務を尽くして、患者の訴える症状とその原因を慎重かつ的確に診断したうえ、症状に対する適切な治療処置を選択し、かつ同施術の実施においても患者の同意を得てその理解と協力の下に急激、過大な衝撃により患者の頸椎や腰椎に損傷を与えないように、圧迫の強さや患者の体勢に十分注意して安全かつ慎重に施す注意義務があるものといわざるをえない。これを本件について検討するに、まず、被告が本件施術前に原告の症状をどのように診断したかについて判断する。被告本人尋問の結果によると、被告は昭和四九年以来カイロプラクティック療法の施術を修得し、本件施術までに相当数の臨床例を事故もなく経験して来たことが認められるが、原告の本件症状の診断に際しては、本件施術前、手のしびれは頸肩腕症候群であり、頸椎と腰椎の異常があるため腰痛と背筋部痛が発生していると診断した旨供述し、<証拠>には、原告が転倒した時の頸部捻挫により腰部打撲による神経異常が生じている旨の記載がなされている。また、前記二2認定のように、被告は原告に対し簡単な問診を行っただけで原告の主訴する患部に対する触診や視診も行わずに背骨と首の骨が曲がっているから痛みが出ると説明した事実が認められる。<証拠>中には前記二2認定のように措信できない事実を含むので、前記認定事実に加えて、右各証拠(右措信できない部分を除く)を総合すると、被告の右診断は、原告の肩及び背筋の痛みが頸椎、胸椎ないし腰椎の変形、それによる不整合等の異常に起因する神経異常によって生じているという程度・内容のものであったことが認められ、それ以上に原告の症状の原因を解明したことを認めるに足りる証拠もみられない。

また、前記二2認定のように、被告は原告に対し約二、三分間の簡単な問診をしただけで、原告に対してカイロプラクティック療法による施術の内容について説明をせず、また、原告も右施術を求めたり、その承諾をすることもなかったが、被告は直ちに原告の右患部に対し本件施術を行うこととした。更に、被告の原告に対する施術内容については前記二3認定のとおりであるが、右認定のように、本件施術中に原告の胸椎ないし頸椎がボキボキという音をたてたとき、被告はこれを骨のずれが治った音である旨説明し、原告もまた、このような音をたてるまで被告が指圧等の施術を続けるものと思って耐えたのであるから、これらの事実からも、被告は骨がボキボキという音を立てることを施術効果の指標の一つとしていた事実を推認できる。そして、被告は、本件施術中、原告に施術の反応、とりわけ痛みの有無・程度を問診することもしなかった。

ところで、証人前田の証言によると、原告が本件施術前に有していた頸椎の変形は、原告の年齢の者としては強度のものであるが、肩、首ないし背中の痛みといった程度の問診結果によっては、その変形の部位・程度を正確に認識することは困難であったこと、及び、原告のような頸椎の変形を有する者に対しては、症状を悪化させないように、まず、間欠的な牽引と投薬、生活指導等の保存的療法によって改善をはかるべきであって、頸椎部に対する強度の加圧処置は危険であるから避けるべきであったことが認められる。また、本件においても、前記のようにカイロプラクティック療法による施術は、頸部痛や腰部痛を発生又は増大させたり、下肢に麻痺を発生させたりする危険性を有するため、右施術に当たっては、特に、適応に対する厳格な判断と適確な手技が必要であった。

そうすると、原告は肩及び背筋の痛みを訴えて被告の治療処置を求めたのであり、他方、被告は鍼、灸及びカイロプラクティックの療法を行うことを業とし、骨、筋肉ないし神経系に何らかの障害を有する者を対象に治療院を開設し、本件施術に際し予め原告とは最善の注意義務を尽くして適切な治療処置を行う旨の診療契約を締結しているのであるから、症状の原因解明と施術の適応についての判断は最善の注意義務を尽くして慎重かつ的確になすべきところ、その症状の診断に当っては、原告のような訴えをする者については、頸椎、胸椎ないし腰椎の異常、強度の頸椎の変形を有することがありうることは容易に認識しうるところであり、また、右異常・変形の程度は主訴と問診によってもある程度把握が可能であるから、まず、自覚症状の発生時期、状態及び程度等について十分に問診し、適宜触診等も加えて、症状の原因を慎重かつ的確に判断し、更に適切な治療処置を行なうための施術方法の選択も最善の注意義務を尽くして慎重かつ適切にすべきものといわなければならない。

なお、被告はエックス線検査、CT検査、ミエログラフィー検査等をする資格を有しない(この事実については当事者間に争いがない)ので、自らこれらの検査をすることができないのであるから、慎重な問診、触診等によっても症状の原因が解明できないときは、病院での右諸検査による診察と治療を受けるように勧めるべきであるが、その必要のない場合にも可能な限りの慎重な検診により検査をしたうえで適切な施術の選択をすべきであった。

更に、被告が問診及び触診等のみで患者の症状を認識判断しえたとしても、それは前記エックス線検査等の諸科学的検査によるものではないので、自ずから一定の限界の存することは否定できず、したがって施術の方法・態様としても、急激、過大な衝撃を避け、触診的な軽度のマッサージ、間欠的な牽引等軽度の施術により患者の反応を見ながら症状診断と施術の選択に誤りのないことを検証しつつ徐々に適切な施術をなすべきであった。

ところが、被告は、前記認定のように、原告に対する簡単な問診によって肩と背筋の痛みがあることを聞いたのみで、他に問診・触診・視診等による慎重な検診を行うこともなく、原告の右痛みは単に頸椎、胸椎又は腰椎の異常による症状と速断して、約一〇分間原告の背部及び腰部に電気による低周波振動を加えた後、原告の胸椎及び頸椎に対しいきなりボギボキと音をたてるような相当な力で指圧したり回旋させ、しかも右施術による原告の反応を全く聞かずに右の音は施術の効果の指標として行ったのであるから、被告は右のような慎重かつ的確な症状診断と慎重かつ適切な施術を行うべき注意義務を怠ったものといわざるをえない。

また、前記のように、カイロプラクティック療法はある程度の危険性を有するものであるから、その施術に際しては、その効能だけでなく、施術内容及び危険性を十分に説明したうえで、患者にカイロプラクティック療法による施術を受けるかどうかの選択をする機会を与え、患者の理解と協力の下に徐々に患者の反応を見ながら安全に行なうべきところ、被告は前記認定のようにこの注意義務を怠り、特に施術内容及び危険性を認識していない原告に対して、右説明をせず、またその同意をえなかったのみならず、その施術中も、原告に危険な施術をむしろカイロプラクティック療法の効能といった誤った説明をして原告にその施術を受忍させるなどして、原告の前記障害と後遺症を発生拡大させたものといわざるをえない。

3  以上のように、被告は原告との診療契約上の注意義務に違反して、原告に前記障害及び後遺症を与えたものといわなければならないから、債務不履行に基づく損害賠償義務として、右障害及び後遺症によって原告に発生した損害を賠償する義務を負う。

五  請求原因5(損害)について

前記認定のとおり、原告は被告の本件施術により前記障害を受け後遺症を残した。これによる原告の損害について判断する。

1  入院通院関係費用

前記二4認定のように、原告は右障害の治療のため豊中市民病院に昭和六一年一月二七日から同月三〇日まで及び同年三月三日から同年四月二六日まで合計五九日間入院した。また、<証拠>を総合すると、原告は、同年一月及び同年五月から昭和六二年一一月まで同病院に通院し、また、昭和六一年七月一日から同年九月三〇日まで重成鍼灸療院に通院してそれぞれ治療を受けた事実が認められる。

(一)  治療費(請求原因5(一)(1))

<証拠>を総合すると、原告は豊中市民病院における右入院及び通院治療について、同病院に対して文書料を含む治療費として金一六万七三〇〇円を支払った事実が認められる。

また、<証拠>を総合すると、原告は重成鍼灸療院における通院治療については同療院に対して治療費として金一一万八〇〇〇円を支払った事実が認められる。

(二)  入院雑費(請求原因5(一)(3))

右認定のように、原告は豊中市民病院に合計五九日間入院したところ、この間の入院雑費について一日当たり金一〇〇〇円は必要として、合計金五万九〇〇〇円を雑費支払による損害と認めるのが相当である。

(三)  原告主張に係る装具代(請求原因5(一)(2))及び右(一)認定の治療費に含まれるものを除く文書料(同(4))については、これを原告が支出したと認めるに足りる証拠はない。

2  逸失利益

<証拠>を総合すると、原告は、本件施術当時、前記一の有限会社イワオ産業から給与として月額金七〇万円の収入を得ていた事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  休業損害(請求原因5(二)(1))

前記認定事実に加えて、<証拠>を総合すると、原告は本件施術後、症状固定の診断を受けた昭和六一年七月までの六か月間、前記障害により就業することができず、収入を全く得られなかった事実が認められ、原告の月収は右のように金七〇万円であるので、この間の休業損害は金四二〇万円であると認められる。他方、原告は右休業期間中に社会保険から休業損害填補分として金二四三万一三八〇円を受給したことを自認しているので、結局原告の休業損害は右金四二〇万円から金二四三万一三八〇円を控除した金一七六万八六二〇円と認めるのが相当である。

(二)  将来の逸失利益(請求原因5(二)(2))

まず、原告の労働能力喪失率について判断する。前記認定のように、原告は昭和六一年七月症状固定の診断を受け、両下肢の痙性麻痺による歩行障害及びTH六以下の知覚障害等により、身体障害者福祉法施行規則別表第五号の三級所定の後遺症を残した。そして、同後遺症による労働能力喪失率は一応六七パーセントとされている。

ところで、所得減少の観点からみた労働能力喪失率は、原告の職業、地位、年令、その後の収入等の具体的事情により差異を生じるので、右喪失率を一応の基準としながらも更に検討するに、前記関係各証拠に加えて、<証拠>を総合すると次の事実が認められる。即ち、

原告は本件施術前から前記有限会社イワオ産業(同族会社で原告の父、原告夫婦、従業員二名で構成)の経営者として、原告が中心となって各種焼却炉の製造販売、使用現場に出向いて機械据付工事、営業全般等に従事して来たが、原告が罹患していた頸椎症性頸髄症は原告の右仕事の従事に特に支障困難を来たす程度のものではなかった。そして、原告は同会社から役員報酬も含めて月金七〇万円の収入を得ていた。

ところが、本件施術による前記障害と後遺症のために、原告は昭和六一年一月一七日から同年七月までは休業せざるをえなかった。そして、原告は昭和六二年八月一七日現在でも歩行障害や手指の細かい作業の困難等の後遺症があった。しかし、原告は昭和六一年八月以降は妻の運転する乗用自動車で通勤して従前の仕事に従事しているが、前記歩行障害と知覚障害の後遺症のために、従前の仕事内容も大幅に制限され、とりわけ手指を細かく使う図面作成、歩行を伴う現地に出向いたり出張すること、長時間にわたって自動車に同乗すること、力仕事を内容とする作業等は困難又は著しく制限される状態にあった。しかし、その後右後遺症は多少回復の跡がみられ、現在では原告は自宅から前記イワオ産業に身体障害者用に改善されていないマニュアルミッションの普通乗用自動車を運転して通勤しており、また、原告は歩行用に杖を使用しているが、杖を使用しなければ全く歩行できないという状態ではなく、短距離であれば歩行可能な状態にあり、右状況よりみて将来なおある程度治癒改善される可能性があり、それに伴って原告の喪失した労働能力もある程度回復する可能性もあるといえる。

なお、原告の昭和六二年八月から昭和六三年九月までの一四か月の収入は約金四六〇万円(預り金を含む。)であった。

以上によると、原告の症状が固定した昭和六一年七月現在では、原告は身体障害者福祉法施行規則別表五号の三級所定の後遺症を残していたのであるから、その労働能力喪失率は六七パーセントとなるが、昭和六二年八月から昭和六三年九月までの一四か月においては、原告は約金四六〇万円の収入を得ていたのであるから、右期間の原告の労働能力喪失率はむしろ右期間中の得べかりし収入金九八〇万円中金五二〇万円を喪失したものとして約五三パーセントと認定するのが相当である。また、原告の労働能力喪失率は将来なおある程度回復の可能性も見込まれる。そうすると、原告の将来の後記就労可能な全期間を平均した労働能力喪失率は、原告の本件施術による障害と後遺症の程度内容、その回復可能性の程度状況、原告の職業、地位、年令、収入等本件に現われた一切の事情を総合考慮して、五〇パーセントとするのが相当である。

してみると、原告の将来の逸失利益は、前記認定のように原告は症状固定時に満四八歳(月数は切捨)であったので、以後就労可能な満六七歳までの一九年間の逸失利益として、本件施術当時の年収金八四〇万円に右労働能力喪失率五〇パーセントと右一九年間の新ホフマン係数一三・一一六をそれぞれ乗じた金五五〇八万円(万円未満は切捨)となる。

3  慰藉料

(一)  入院通院についての慰藉料 (請求原因5(三)(1))

前記認定のように、原告は、症状固定までに豊中市民病院に五九日間入院し、右入院期間を除いて豊中市民病院に約二カ月間通院したところ、原告の右障害の程度をも併せ考慮すると、原告の入院通院についての慰藉料は金一〇〇万円をもって相当と認められる。

(二)  後遺症についての慰藉料(請求原因5(三)(2))

前記認定の諸事実その他本件に現われた一切の事情を斟酌すると、原告の後遺症についての慰藉料は金七〇〇万円をもって相当と認められる。

4  被告の本件施術による損害額及び弁護士費用

原告の以上の損害額は、合計金六五一九万二九二〇円であると認められるところ、前記三2のように、被告の本件施術が原告の障害及び後遺症に寄与した割合は五〇パーセントと認められるのであるから、被告の本件施術によって生じた原告の損害は、右損害の五〇パーセントである金三二五九万六四六〇円に相当の弁護士費用を加えたものというべきであり、右弁護士費用は金三二五万円をもって相当と認めるべきであるから、結局被告の本件施術によって生じた原告の損害は合計金三五八四万六四六〇円であると認められる。

六  結論

以上のとおり、原告は被告に対して、診療契約上の債務不履行による損害賠償請求権として金三五八四万六四六〇円を請求しうるところ、原告が被告に右損害賠償請求権の履行を本訴提起までに催告した事実については、これを認めるに足りる証拠がないから、結局原告は右請求権についての遅延損害金を本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年二月一七日以降に限り請求することができるというべきである。

したがって、原告の本件請求は、被告に対して、債務不履行による損害賠償請求権に基づき金三五八四万六四六〇円及びこれに対する昭和六二年二月一七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について民訴法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林一好 裁判官 田中澄夫 裁判官 光本正俊)

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